恥ずかしいの塊

Apr 26, 2016 | not category

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あるとき浦沢直樹氏が、描くことはフェティシズムを表現することであってそれはとても恥ずかしい作業だけどそれが強烈なほど人の心を打つ、みたいなことをテレビで言っていて、それはそれは腹落ちしたことがあった。

これイイでしょ?わたしってこうなの!と自分の内内を表現することのなんと恥ずかしいことよ。よもや、見下されたり揶揄されたり引かれたり見放されたり無視されたりするかもしれないすげー怖いし。しかし一方で、もしかしたら尊敬されたり賞賛されたりいい気持ちになってもらえたり隣の誰かの心を打つかもしれない。
なんという諸刃の剣。

水面の下の下の下に沈んだ各々のフェティシズムをオラァと外に出してしまった誰かの素直さ、どうしようもなさ、あるいは吹っ切れ感、ある意味での鈍感さ、のひどく硬くなった塊を目の当たりにして、ものすごく気持ち悪いと思うときもあれば、好き過ぎて身悶えすることもある。

描くもの、伝えるもの、選ぶもの、食べるもの、持つもの、纏うもの、字の形、箸の持ち方、話し方、匂いなど、もうその人から出て行くものは何をとっても、もはやナルシシズムやフェティシズムの歪んだ結果であるのだから、あとリビドーもあるかな、つまり生きるということはとにかく恥ずかしいの塊なのだから、もう気にすんなっていう話。

わたしいま、いいこと言った感あるよ。

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