善意じゃなくて、自分のため

on Nov 5, 2014 / in 思考

RICOH GR

階段をおっかなびっくり降りているおばあちゃんがいたので、自然に手をさしのべたわたしはわたしを褒めたい。しかしこれは、まったく善意ではない。「わたしの目の前で転んで怪我でもされたら大変だ」というそれは、おばあちゃんのためではなく、自分のため以外の何ものでもないからだ。なんという自己中。おばあちゃんは「ありがとうありがとう」とわたしに言ってくれたけど、むしろ怪我をせずに降りきってくれてこっちの方こそありがとうなのだ。こんな自己中風情に、お礼を言われるような価値は微塵もない。

なので、自己犠牲とやらは、むしろ自分のためにこそ存在する精神なのではなかろうか。

と、思ったりしたのです。

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